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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8792号 判決

大阪府〈以下省略〉

甲事件原告

X1

大阪府〈以下省略〉

乙事件原告

X2

右原告両名訴訟代理人弁護士

村本武志

東京都中央区〈以下省略〉

甲事件被告兼乙事件被告

和光証券株式会社(以下「被告」という。)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

中井康之

右同

木村保男

右同

的場悠紀

右同

川村俊雄

右同

福田健次

右同

大須賀欣一

右同

青海利之

右同

湯川健司

右同

飯島奈絵

主文

一  被告は、原告X2に対し、一四七万八四四七円及びこれに対する平成八年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告X2のその余の請求を棄却する。

三  原告X1の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、被告に生じた費用の二分の一と原告X1に生じた費用を原告X1の負担とし、被告に生じた費用の二〇分の九と原告X2に生じた費用の一〇分の九を原告X2の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告X2勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(甲事件)

被告は、原告X1に対し、一四一七万五八二九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(乙事件)

被告は、原告X2に対し、一四一八万五八六四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、証券会社である被告会社との間でワラント取引及び株式信用取引を行った原告X1又は原告X2が、被告会社従業員の違法な勧誘行為により損害を被ったとして、被告に対し、不法行為ないし債務不履行に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告らは夫婦であり、昭和六〇年二月から、被告会社枚方支店との間において証券取引を行っており、平成元年四月以降の、原告X1名義の被告会社との取引内容は別表一のとおりであり、原告X2名義の被告会社との現物取引(ワラント取引を含む。)の内容は別表二のとおりであり、原告X2名義の被告会社との信用取引の内容は別表三のとおりである。

2  被告会社における原告らの担当者は、取引開始(昭和六〇年二月)から昭和六二年七月までがB、昭和六二年七月から昭和六三年一〇月までがC、昭和六三年一〇月から平成二年三月までがD(以下「D」という。)、平成二年三月から平成四年七月までがE(以下「E」という。)、平成四年七月以降がF(以下「F」という。)である。

なお、平成五年六月からFの上司であるG(以下「G」という。)営業課長がFと共に原告らを担当している。

二  争点

1  原告X2名義の被告会社とのワラント取引及び信用取引の当事者は誰であるのか。

(原告らの主張)

被告会社との取引を行うについての原資となったのは、原告ら夫婦の長男の生命保険金であり、これは、その名義はともかくとして、実質上、原告ら夫婦の共有財産であった。また、被告会社との取引開始時、原告X2は会社員として勤務しており、証券取引の勧誘を受けて、その応諾をなしていたのは原告X1である。

したがって、原告X2名義の被告会社とのワラント取引及び信用取引の当事者は原告X1であり、仮にそうでないとしても、原告ら夫婦が当事者である。

(被告の主張)

原告X2名義の被告会社とのワラント取引及び信用取引の当事者は原告X2である。

2  被告会社従業員が、原告らにワラント取引及び信用取引を勧誘した際に、違法な勧誘を行ったかどうか。

(原告らの主張)

(一) 適合性の原則違反について

(1) 投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分に配慮することが必要であり、特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することが求められる(適合性の原則)。

(2) これを本件についてみるに、①被告会社とのワラント取引及び信用取引の原資は、原告らの息子の死亡保険金と原告X2の退職金で、老後の生活資金として大幅な目減りは許されないものであったこと、②原告らはいずれも被告会社との間で証券取引をするまで他の証券会社と取引経験はなかったこと、③原告X2は、ワラント取引開始時には定年後再雇用の会社員であり、信用取引開始時には既に会社を退職して年金生活者になっており、原告X1は主婦であること、④原告らの自宅は自己所有であるものの、それは居住に必要な生活資産であり、運用資産ではないことなどの原告らの投資に対する意向、投資経験及び資力等からすると、原告らに対してワラント取引や信用取引などのリスクの高い取引を勧誘したことは、適合性の原則に反して違法であるというべきである。

(二) 説明義務違反について

被告会社従業員は、原告らにワラント取引を勧誘した際、株価よりも多少値動きがあるとの説明をしただけで、ワラントの仕組みやリスクについて説明していないし、説明書の交付もしていないから、本件のワラント取引には説明義務違反の違法がある。

(三) 断定的判断の提供の違法について

被告会社従業員は、原告らに島精機製作所株、山陽電鉄株、殖産住宅株、日本食品加工株を勧めた際に、必ず上がると繰り返し断言していたものであり、これは断定的判断の提供に当たり違法である。

(四) 過当取引の誘導の違法について

被告会社従業員は、平成五年四月以降、次々と銘柄の乗換を勧め、利幅が薄い一方で手数料がかさむ乗換売買を強く推奨しているほか、島精機株の株価が下落するや、難平売買を執拗に勧誘したものであり、これは過当取引の誘導に当たり違法である。

(被告の主張)

(一) 適合性の原則違反について

(1) 被告会社の従業員が原告らにワラント取引を紹介した当時、①原告X2は六一歳の会社員であり、原告X1は五六歳の主婦であり、共に社会的経験を積んだ常識ある社会人であったこと、②原告らは○○に自宅を所有していたほか、原告X2には会社員としての収入もあったこと、③ワラント取引は、原告らが証券取引を開始してから四年以上が経過してから行われており、その間に原告らは、株価の変動に伴い値の動く転換社債(中でも市場性のある銘柄の商品)を好んで購入し、その取引経験の中で、証券市場について相当な知識を得ていたし、証券取引のリスクに対する認識もあったこと、④被告会社の従業員は、原告らの自宅を訪問した際などに、原告らから、しばしば、「いい銘柄等、いいものがあれば(勧めて欲しい)」と言われており、原告らは「いいものなら買いたい」との傾向があったので、その要望に応えて、被告会社の従業員はワラントを紹介したものであることなどの原告らの一般的判断力の程度、証券取引に関する知識や経験、投資性行等からすれば、原告らはワラント取引について適合性を欠くという理由はない。

(2) 被告会社の従業員が原告らに信用取引を紹介した当時、①原告X2は長年の会社員生活を経て退職した社会的経験を積んだ常識ある社会人であったこと、②預かり資産一〇〇〇万円との社内基準をクリアしていたこと、③株取引を被告会社で数年にわたって行っており、ワラント取引の経験もあったこと、④被告会社従業員が原告X2から他の証券会社からも営業マンが来て株式市況の状況がよく入ると聞いていたこと、⑤被告会社従業員が信用取引について説明した際、原告X2はわからない点は質問して重ねて説明を受けるなど信用取引に関する説明を理解していたこと、⑥原告X2には信用取引で損をした友人がおり、信用取引のリスクをよく理解していたこと、⑦原告X2は○○に自宅を所有していたこと、⑧原告X2にはワラント取引による損失を回復したいとの積極的な投資傾向があったことなどの原告X2の一般的判断力の程度、証券取引に関する知識や経験、投資性行等からすれば、原告X2は信用取引について適合性を欠くという理由はない。

(二) 説明義務違反について

(1) およそ経済社会において成人は自らの判断と責任において経済行為を行うべきものである。なかでも証券取引は相場の変動に伴う差益の取得を目的とするものであるところ、相場は経済情勢や政治状況等さまざまな不確定要因により変動するものであり、個々の投資家にとって、必ずしも有利に変動するとは限らないから、証券取引は投資家にとって相場の下落による損失を負担すべき恐れのある、本来的に危険性を内在する取引である。成人がかかる取引を行おうとする以上、当該取引の危険性を自らの判断と責任において行うべきものであり、その結果、利益が出た場合は自ら利得としてこれを取得できる代りに、損失が生じた場合は自らこれを負担すべきである(いわゆる自己責任の原則)。

右のような自己責任の原則のもとでは、投資家は自らの判断により自らの資金で各種投資商品に対して投資をするのであって、その判断の前提としてその投資対象の商品についても、その商品の内容や特性その他必要と考える事項の調査をすべき責任ないし注意義務は投資家自身にある。証券会社は、投資家の注文に基づき、売買注文の執行をする立場にあるに過ぎず、投資家に対する各種投資情報の提供は、本来、顧客に対するサービスとして行うものに過ぎないのである。

(2) ワラントのような新しい商品を積極的に勧誘する際には、当該商品の性格を告知しないという不作為が証券会社の営業のあり方として相当性を欠く場合もないとはいえないが、顧客が自己の判断で購入したワラントにつき、その勧誘行為が不法行為上の違法とまで評価されるのは、やはり、当該顧客の証券取引に関する知識や経験、投資性行、顧客の一般的判断能力の内容、程度、資産状況等の顧客の属性を前提として、ワラント購入に至った経緯、勧誘の方法、ワラントに関する説明の内容、程度、顧客のワラント購入に関する関心、質疑応答の経過、購入単価と購入額などに照らして、証券会社の勧誘、説明の内容、程度が顧客の投資判断をことさら歪め、当該取引結果を顧客に帰属させることが社会的に許容できないような特段の事情がある場合に限るべきである。

(3) 本件のワラント取引勧誘時、原告らは、社会的経験を積んだ常識ある社会人として一般的判断能力を有し、四年に及ぶ短期転売差益ねらいの転換社債取引の経験もあり、これらの取引経験を通じて、証券取引について相当な知識と経験を得ていた。このような原告らに対し、被告会社従業員は、品川燃料ワラントを勧めるにあたって、被告会社の用箋に図を書いて、新株引受権付社債が、新株引受権と社債とに分かれ、そのうちの新株引受権がワラントであることを説明したうえ、①ワラントというと確かになじみが少ないが、要は新株を引き受けることができる権利の売買であること、②期限が来ると無価値になること、③株価が一上下すると、ワラントの場合は二倍、三倍で値上がり、値下がりすること、④海外物であるので為替のこと、すなわち円高になると手取りが減り、円安になると手取りが増えること、⑤人気があること、⑥全体的に株価の値上がりが強かったので、ワラントを買った顧客には儲けてもらっていることなどを説明しており、説明義務に違反するところはない。

なお、その後の神戸製鋼ワラントを勧誘した際にはワラントの属性について説明していないが、前記のとおり品川燃料ワラントの購入の際にワラントの属性について説明をしているから、被告会社従業員に説明義務違反はない。

(三) 断定的判断の提供の違法について

(1) 前述の自己責任の原則のもとでは、投資家は、自らの判断に基づき自らの資金で特定銘柄に対して投資するのであって、証券市場全体の予測や当該銘柄の今後の値動き等の予測判断は、本来、投資家自身が行うべきものである。証券会社は、投資家の注文に基づき、売買注文の執行をする立場にあるに過ぎず、投資家に対する各種投資情報の提供は、本来、顧客に対するサービスとして行うものに過ぎない。特に、証券市場全体の予測や当該銘柄の今後の値動き等の予測等は、あくまでも将来の予測である以上、証券会社といえども正確な予測が成しえないことは、いわば当然である。将来予測というものがそういうものである以上、当該銘柄勧誘時の証券会社の言動が「確定的判断」として不法行為上の違法と評価されるのは、当該顧客の証券取引に関する知識や経験、投資性行、顧客の一般的判断能力の内容、程度等の顧客の属性を前提として、当該銘柄の購入に至った経緯、勧誘の方法、勧誘文言、顧客の株式取引に関する関心、質疑応答の経過、購入単価、購入額などに照らして、証券会社の勧誘、説明の内容、程度が顧客の投資判断をことさら歪め、当該取引結果を顧客に帰属させることが社会的に許容できないような特段の事情がある場合に限るべきである。

(2) 本件における被告会社従業員の助言は、会社の業績や最近の株価の動きなど合理的な根拠に基づいたものであるうえ、そのニュースソースを明らかにし、価格上昇の見込も自らの見通しに過ぎず、あくまでも最終判断をするのは顧客であることを理解させ、顧客の自主的な投資判断をゆがませないように配慮しているから、確定的判断の提供には当たらない。

(四) 過当取引の誘導の違法について

ワラントで生じた損失の回復を期待し、頻繁な商品の紹介を望んだのは原告X2自身であるから、平成五年四月以降の取引が過当取引として違法となるようなことはない。

3  損害

(原告らの主張)

(一) 原告は、前記の被告会社及びその従業員の義務違反による証券取引により、別紙四記載の損害合計一二八九万六二四〇円を被った。

(二) 本件は弁護士の助言が不可欠な事件であるから、弁護士費用として右(一)の損害額の一割にあたる一二八万九六二四円の損害が生じた。

(被告の主張)

(一) 因果関係について

仮に、被告会社従業員の神戸製鋼ワラント取引の勧誘について何らかの義務違反が認められたとしても、

(1) 原告らがワラントではなく株式そのものに投資していた場合でも、買付日と権利行使日の神戸製鋼所株価の終値を比較すると、左記のとおり値下がりしているから、右値下がり分についてはワラント取引と相当因果関係にある損失とはいえない(ワラントの属性についての説明が不十分であったとしても、ワラント価格の下落は株価の下落と連動している以上、株価下落による損失部分は説明義務違反等と相当因果関係がない。)

① 平成元年一二月一四日の終値 八四五円

② 平成四年一二月一五日の終値 三〇〇円

③ 二〇一万八三八〇円を神戸製鋼所の株式に投資した場合の評価損 一三〇万一八〇〇円

(2) 本件神戸製鋼ワラントの取引により二〇一万七七六九円の損失が発生しているが、他方で、ワラントでなく株式に投資していたとしても一三〇万一八〇〇円の評価損が発生しており、結局、ワラント固有の損害はその差額の七一万五九六九円であるから、本件神戸製鋼ワラントの取引の違法と相当因果関係のある損失は七一万五九六九円に過ぎない。

(二) 損益相殺

(1) 仮に、被告会社従業員のワラント取引の勧誘について何らかの義務違反が認められたとしても、品川燃料ワラント取引による利益金九万七七〇七円は損益相殺すべきである。

(2) 仮に、被告会社従業員が平成四年一二月以降に勧誘した現物取引ないし信用取引について、何らかの義務違反が認められたとしても、その間の他の取引(別表二の番号16以下の取引及び別表三の番号8の取引)によって得た利益金一九八万六四八〇円は損益相殺されるべきである。

(三) 過失相殺

仮に、被告会社従業員の勧誘に何らかの義務違反が認められたとしても、以下の経緯からすれば、原告らにも相当の過失があるので、過失相殺がなされるべきである。

(1) ワラント取引については、とりわけ、①原告らが外国新株引受権証券の取引に関する説明書を受領し、右説明書の最終頁にあたる確認書に署名捺印していること、②株価の値下がり傾向が続く中でワラントを転売するなどして損失を防がなかったこと、③原告ら自らが投資リスクの検討を行わなかったこと、その他本件取引に至る経緯、原告らの属性等に照らし、相当な過失相殺をすべきである。

(2) 平成五年六月一四日以降の現物取引ないし信用取引については、とりわけ、①原告X2のもと同僚の経験、被告会社従業員の説明、パンフレットの記載等から、原告X2には信用取引の危険性の十分な認識があったこと、②原告X2は、株価予測が将来の予測であるから正確な予測はあり得ないことを理解し、証券会社のような専門家でも三〇パーセント程度は失敗するであろうと考えていながら、ワラント取引の損の回収を焦るばかりに、これら信用取引ないし現物取引を行ったこと、③原告X2には、ワラント取引の損失補填を被告会社に要求し、信用取引の説明時にも課長と話した方が責任の取り方が違うだろうと思い、JR東海株の取引時にも「もっとサービスして欲しい。」と発言する等、他力本願ないし責任転嫁の傾向があったこと、その他本件取引に至る経緯、原告らの属性等に照らし、相当な過失相殺をすべきである。

三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるからこれを引用する。

第三争点に対する判断

一  前提となる事実

前記の当事者間に争いのない事実に、甲第一六、第一七号証、乙第一ないし第一七号証、証人D、同G及び同Fの各証言、原告X1及び同X2の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1(一)  原告X2は、昭和三年生まれの男性で、昭和六〇年二月ころは定年退職後の再就職先の会社の勤務していたが、その会社を平成二年九月に退職し、以後は年金生活をしている。

(二)  原告X1は、昭和七年生まれの女性で、原告X2の妻として主婦をしている。

(三)  原告らはいずれも被告会社と取引をするまで証券取引をしたことはなかった。

2(一)  原告らは、原告らと同居し未婚であった長男が昭和五九年○月○日に死亡したため、その生命保険金約一五〇〇万円を受領した。その内の約五〇〇万円を自宅のローンの支払に充て、残額の約一〇〇〇万円を老後の生活資金として運用しようと考えていたところ、原告X2が会社の同僚から株で儲けたので株をやってみたらどうかという話を聞いてきたことから、残額約一〇〇〇万円の内の五〇〇万円程度を証券投資に回すことにし、残余は定期預金に回した。

(二)(1)  昭和六〇年二月、原告X1が証券会社を選び、電話をして被告会社従業員を原告らの自宅に呼んで、原告X2が「取引口座(保護預り口座)設定申込書及び届出書」(乙第三号証)に署名押印して申し込み、同月二日に原告X2名義の取引口座が被告会社に開設されて証券取引が開始された。

原告X1も、昭和六一年四月一四日に「取引口座(保護預り口座)設定申込書及び届出書」(乙第一号証)に署名押印して申し込み、原告X1名義の取引口座が被告会社に開設されて証券取引が開始された。

(2) 原告らが取引開始後に購入していたのはほとんどが転換社債であり、株価変動に伴う値動きにより、値上がりして利益を得ることもあれば、値下がりしてて損失が生じることもあったものの、リスクの比較的少ない投資を行っていた。

(3) 平成二年九月に原告X2が会社を退職するまでは、原告X2が帰宅するのは午後六時ころであったので、被告会社との連絡はほとんど原告X1が原告X2名義であたっており、帰宅した原告X2にその内容を伝えていた。

3(一)(1) 原告X1は、平成元年四月二〇日、Dから品川燃料ワラント一〇口を電話で勧誘され、原告X2名義により一八一万八八五〇円で購入した。原告X1は、売買契約成立後、Dから「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を受領して、その中の確認書(乙第五号証)に原告X2名義の署名押印を代書してDに交付し、当日、帰宅した原告X2に品川燃料ワラントを購入したことを伝えた。

Dは、右ワラントの勧誘の際、原告X1に対し、ワラントは値動きが激しく株より有利であるとか、外国の証券であるとの説明はしたものの、ワラントには権利行使期間があり、右期間が経過するとワラントは無価値になるとか、株に比べて値動きが激しく、値上がりが大きい反面、値下がり幅も大きくなることは説明していない。

(なお、Dは、原告X1に平成元年四月二〇日に品川燃料ワラントの購入を勧誘するに先立って、同月一〇日ころ、原告らの自宅を訪れた際に、原告ら両名に対して、ワラント一般について話し、その際、被告会社の用箋に図を書いて、新株引受権付社債が、新株引受権と社債とに分かれ、そのうちの新株引受権がワラントであることを説明したうえ、①ワラントというと確かになじみが少ないが、要は新株を引き受けることができる権利の売買であること、②期限が来ると無価値になること、③株価が一上下すると、ワラントの場合は二倍、三倍で値上がり、値下がりすること、④海外物であるので為替のこと、すなわち円高になると手取りが減り、円安になると手取りが増えること、⑤人気があること、⑥全体的に株価の値上がりが強かったので、ワラントを買った顧客にはもうけてもらっていることなどを説明した旨を供述しているが、原告らは両名とも品川燃料ワラントの購入に先立ってワラントの説明を受けたことを否定しているうえ、前述のとおり、原告らの証券投資の原資は原告らの老後の生活資金であったことや、そのため、それまでの原告らの証券投資が比較的リスクの少ない転換社債がほとんどであったという投資傾向に照らすと、Dが、ワラントには権利行使期間があり、右期間が経過するとワラントは無価値になるとか、株に比べて値動きが激しく、値上がりが大きい反面、値下がり幅も大きくなるなどワラントの危険性を説明をしていたならば、原告らがワラントの購入を承諾するとは考えがたいから、Dの右供述は信用できない。

また、原告X1は、Dから、右確認書のみを渡され、「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を受領していない旨を供述するが、証人Dの証言及び弁論の全趣旨によれば、右確認書は右説明書の最終頁であり、顧客は説明書を受領し、これを一読した後に、最終頁に署名押印し、これを切り離して被告会社へ提出する仕組みとなっているうえ、右確認書の内容は、「私は、貴社から受領した『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」とのわずか三行であり、右確認書に署名押印する際には、右三行が必ず目に入るので、右説明書を受領もせず、右確認書に署名押印することは考えがたいから、原告X1の右供述は信用できない。)

原告らは、Dから説明を受けるまでワラントの存在自体知らず、Dの前記説明により、ワラントについて、値動きが激しく株より有利な外国の証券であるとの認識を得たに止まる。

(2) 原告X1は、同年八月九日、品川燃料ワラントを一九一万六五五七円で売却し、九万七七〇七円の利益が生じた。

(二)(1)  原告X1は、同年一二月一四日、Dから神戸製鋼ワラント一〇口を電話で勧誘され、原告X2名義により二〇一万八三八〇円で購入した。その際、Dからワラント一般についての説明はなかった。

(2) 原告らは、平成四年一二月一五日、神戸製鋼ワラントを六一一円で売却し、二〇一万七七六九円の損失が生じた。

4(一)  Dが平成二年三月に異動し、平成二年三月から平成四年七月までがEが担当した後、平成四年七月からFが担当となり、平成五年六月からは、Fの上司であるG営業課長もFと共に原告らを担当するようになった。

Fが担当するようになった時期には、原告X2は退職していたので、Fは、専ら原告X2と話し、勧誘はすべて原告X2に対して行われ、売買の注文もすべて原告X2から受けた。

(二)  原告X2からワラント取引での損を何とかして取り戻したいとの要望が強かったことから、Fは、原告X2に対し、平成四年一二月にスズキシャッターの新発の転換社債とキャピタルオープン九二(株式比率の高いタイプの投資信託)を勧めて購入させ、その後、①平成五年四月九日にキャピタルオープン九二を売却してその代金でアジア二〇〇一オープンを購入するように勧め、②同月二一日にエーザイ転換社債を売却してその代金で横浜冷凍株を購入するよう勧め、③同年五月一三日に横浜冷凍株とアジア二〇〇一オープンを売却してその代金でキンセキ株を購入するよう勧め、④同月二七日にキンセキ株を売却してシマノ株を購入するよう勧め、⑤同年六月四日にシマノ株を売却して日立家電株を購入するよう勧めた。

なお、右のスズキシャッターの新発の転換社債、キャピタルオープン九二、アジア二〇〇一オープン、エーザイ転換社債、横浜冷凍株、キンセキ株及びシマノ株はいずれも売却により利益が出ている。

5(一)  和光経済研究所等の資料で島精機の好業績を知ったFが、平成五年六月一一日の午前中、原告X2に電話をし、同社の業績を話していい会社だと勧めたところ、原告X2は、島精機の現物株二〇〇株を購入した。

(二)  同日夕方、Fは、午前中の島精機株購入のお礼と同株の買い増しの勧誘のため、G課長を同行して、原告X2の自宅を訪問し、原告X2に対し、和光経済研究所発行のレポート(島精機の売上高、営業利益、経常利益、〈中略〉

(六) 原告X2は、Fの勧誘に応じて、同月一四日に島精機株五〇〇株、翌一五日に島精機株五〇〇株をそれぞれ信用取引で買い増した。

(七) その後、島精機株は値下がりしたが、G課長は、被告会社の株式部に聞いたり和光経済研究所に問い合わせるなどしたうえで、島精機は業績がよいので会社自体に株価が下がる要因はないと考え、原告X2に対して値上がりする旨話したうえ、買い増しをしたら平均単価が下がることを説明し、買い増しを勧めた(いわゆる難平買い)。

(八) そして、原告X2は、島精機株を、同月二三日に信用取引で三〇〇株、同年七月七日に現物取引で四〇〇株、同月二七日に信用取引で六〇〇株を購入した。

6  その後、原告X2は、F及びG課長から、山陽電鉄株、殖産住宅株、日本食品加工株を勧められ、別表二及び三のとおり購入しているが、勧められた際、Fらから値上がりを見込める理由についての説明を受けている。

7  原告X2は、証券会社の従業員でも完全に市場を予測し得ないことは十分に理解しており、証券会社の社員でも勝率はおそらく七〇パーセント程度で、三〇パーセント程度ははずれるであろうと考えて、FやG課長の勧めを聞いていた。

8  原告X2は、平成六年一月に被告会社との取引をすべて終了したが、それまでの損益は別表二及び三のとおりであった。

二  原告X2名義の被告会社とのワラント取引及び信用取引の当事者について

1  先に判示したところによれば、被告会社とのワラント取引は、原告ら夫婦の長男の生命保険金を原資としてなされ、また、被告会社との取引開始時、原告X2は会社員として勤務しており、証券取引の勧誘を受けて、その応諾をなしていたのは原告X1であることが認められるが、ワラント取引が原告X2の名義でなされ(原告X1名義の取引口座が開設されているにもかかわらず)、その取引内容が原告X1から原告X2に逐次伝えられているのであ〈中略〉務があると認められる。したがって、証券会社やその従業員がこれに違反して、当該投資に不適合な者を勧誘したり、社会的に相当とされる範囲を逸脱した手段、方法により、あるいは、投資目的を失わせるような不相応な危険性についての情報を提供する配慮をせずに投資勧誘したため、投資家が損害を被ったときは、不法行為責任を免れないというべきである。

2  適合性の原則違反の成否について

(一) 前記三1に述べたとおり、証券会社及びその従業員には、一般投資家に投資商品の勧誘をするに当たって、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験及び投資の意向ないし目的に照らして、投資家の証券投資に関する判断を誤らせ、投資家に対し、予測できないような過大な危険を負担させる結果を生じさせ、投資目的を失わせることのないように配慮すべき義務があり、とりわけ、ワラント取引や信用取引などハイリスクの取引については、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することが求められる。

(二) 以上のような観点から本件のワラント取引をみると、先に認定したところによれば、原告X2は、証券投資の原資が老後の生活資金であり、そのため、比較的手堅い証券投資をしていたものであることが認められ、ワラント取引が、一般の個人投資家にとっては高いリスクを伴う、投機的な色彩の強いものであることからすれば、原告X2のような投資家に対してワラント取引及び信用取引を勧誘することは適切でないのではないかとの感は拭いがたいものといえる。

しかしながら、そうであっても、原告らが、相当の社会的経験を有し、証券取引についても相当期間の経験を積んでおり、ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明がなされれば、ワラント取引の特色について正しく理解することができ、その自主的な判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができるものと認められるほか、原告らの有する資産(自宅、預貯金、証券投資額)と対比すると、本件ワラント取引における購入額の投資が無価値となることを考慮しても、なお、直ちに原告らの財政状態に適合しないものとも断じがたいところであるから、原告らがおよそワラント取引及び信用取引について適合性を有していないものとまでいうことはできない。

(三) 以上のような観点から本件の信用取引をみると、先に認定したところによれば、原告X2は、証券投資の原資が老後の生活資金であり、そのため、当初は比較的手堅い証券投資をしていたものであることが認められ、信用取引が、一般の個人投資家にとっては高いリスクを伴う、投機的な色彩の強いものであることからすれば、原告X2のような投資家に対して信用取引を勧誘することは適切でないのではないかとの感は拭いがたいものといえる。

しかしながら、そうであっても、原告X2が、相当の社会的経験を有し、証券取引については相当期間の経験があり、ワラント取引も経験しているほか、原告X2には信用取引で損をした友人がおり、信用取引のリスクをよく理解しており、信用取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明がなされれば、ワラント取引及び信用取引の特色について正しく理解することができ、その自主的な判断に基づいてワラント取引及び信用取引を行うか否かを決することができるものと認められるほか(現に原告X2は信用取引の危険性についても正しく理解することができ、その自主的な判断に基づいて信用取引を行っている。)、原告X2にはワラント取引による損失を回復したいとの積極的な投資傾向があったこと、原告らの有する資産(自宅、預貯金、証券投資額)と対比すると、信用取引により損失が拡大してしまう危険があることを考慮しても、直ちに原告らの財政状態に適合しないものとも断じがたいところであるから、原告らがおよそ信用取引について適合性を有していないものとまでいうことはできない。

3  説明義務違反の成否について

(一) 前記三1に述べたとおり、証券会社及びその従業員には、一般投資家に投資商品の勧誘をするに当たって、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験及び投資の意向ないし目的に照らして、投資家の証券投資に関する判断を誤らせ、投資家に対し、予測できないような過大な危険を負担させる結果を生じさせ、投資目的を失わせることのないように配慮すべき義務がある。

そして、ワラントには権利行使期間があり、右期間が経過するとワラントは無価値になるほか、ワラントの市場価格はワラント発行会社の株価に連動して変動するものの、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株価の数倍の幅で上下するため、値上がりが大きい反面、値下がり幅が激しく、権利行使期間内でも市場価格がゼロになって、もはや売却処分も不可能になるという株式や転換社債にはない危険性があることに鑑みると、顧客にワラントの購入を勧誘するに際しては、右の株式と異なるワラントの危険性について説明を行う必要があるというべきである。そして、特に、証券会社が投機性の高い証券取引に対する適合性の低い顧客に敢えてワラントのようなハイリスクの取引を勧誘する場合にあっては、単に当該取引の危険性に言及し、その点についての抽象的な理解を得るだけでは足りず、明確かつ詳細に最悪の場合にどのような事態になるかを説明し、その事態についての十分な理解を得させたうえ、それを承知の上でなお取引をするのかを確認すべき義務があるというべきである。

(二) 以上のような観点から、本件を検討すると、先に判示したところによれば、被告会社従業員Dの原告X1に対する説明は、ワラントは値動きが激しく株より有利であるとか、外国の証券であるとの説明をしたに止まり、ワラントには権利行使期間があり、右期間が経過するとワラントは無価値になるとか、株に比べて値動きが激しく、値上がりが大きい反面、値下がり幅も大きくなることは説明していないのであるから、説明義務に違反する点があったと評価せざるを得ない。

そうすると、被告会社従業員Dの原告X1を通じてなされた原告X2へのワラント取引の勧誘には、少なくとも過失があったというべきであるから、被告会社は、民法七一五条に基づき、原告X2にワラント取引により生じた損害を賠償する義務を負うこととなる。

4  確定的判断の提供の違法について

確定的判断の提供は投資者の投資の有利性・危険性に対する判断を誤らせる恐れがあることから違法であるが、先に判示したところによれば、F及びG課長は、推奨する銘柄の業績や最近の株価等について説明したうえ、自己の見通しとして値上がりすると述べて勧誘しているに過ぎず、また、原告X2においても、証券会社の従業員でも完全に市場を予測し得ないことは十分に理解しており、証券会社の社員でも勝率はおそらく七〇パーセント程度で、三〇パーセント程度ははずれるであろうと考えていたのであるから、本件には確定的判断の提供の違法はないというべきである。

5  過当取引の誘導の違法について

先に判示したところによれば、Fが、原告X2に対し、平成四年一二月にスズキシャッターの新発の転換社債とキャピタルオープン九二(株式比率の高いタイプの投資信託)を勧めて購入させ、その後、①平成五年四月九日にキャピタルオープン九二を売却してその代金でアジア二〇〇一オープンを購入するように勧め、②同月二一日にエーザイ転換社債を売却してその代金で横浜冷凍株を購入するよう勧め、③同年五月一三日に横浜冷凍株とアジア二〇〇一オープンを売却してその代金でキンセキ株を購入するよう勧め、④同月二七日にキンセキ株を売却してシマノ株を購入するよう勧め、⑤同年六月四日にシマノ株を売却して日立家電株を購入するよう勧めたことが認められるが、右はワラント取引での損を何とかして取り戻したいとの原告X2の強い要望に答えてFが勧めしたものであるうえ、現に、右のスズキシャッターの新発の転換社債、キャピタルオープン九二、アジア二〇〇一オープン、エーザイ転換社債、横浜冷凍株、キンセキ株及びシマノ株はいずれも売却により利益が出ていることなどに照らすと、過当取引であるとは到底いえない。また、難平買いも、そのことだけで直ちに過当取引となるものではなく、その他過当取引と認めるべき特段の事情を認めるに足る証拠もない。

6  以上の次第で、原告X2の請求のうち、ワラント取引に関して説明義務違反の違法が認められ、被告会社は民法七一五条に基づく損害賠償責任を負うこととなる(なお、説明義務違反は、勧誘の際の違法行為であって、原告X2と被告会社との間の取引契約成立前であるから、債務不履行責任は問題とならない。)。

四  損害

先に判示したところによれば、原告X2は、Dの説明義務違反の勧誘により購入した神戸製鋼ワラントによって二〇一万七七六九円の損失を被っているが(なお、被告会社は、本件神戸製鋼ワラントの取引により二〇一万七七六九円の損失が発生しているが、他方で、ワラントでなく株式に投資していたとしても一三〇万一八〇〇円の評価損が発生しており、結局、ワラント固有の損害はその差額の七一万五九六九円であるから、本件神戸製鋼ワラントの取引の違法と相当因果関係のある損失は七一万五九六九円に過ぎないと主張しているところ、右は説明義務が尽くされていれば、原告X2において、ワラントを購入しなくても株式を購入したであろうという仮定に基づくものであるが、右のような仮定が成立すると認めるに足る証拠はない。)、他方で、同様にDの説明義務違反の勧誘により購入した品川燃料ワラントによって九万七七〇七円の利益を得ているのであるから、最終的に差引一九二万〇〇六二円の損害を被ったと認められる。

しかしながら、原告X2は、原告X1が被告会社から交付を受けていた「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」を読んだり(受領時期は神戸製鋼ワラントの購入前である。)、それを手掛りに被告会社に更に説明を求めるなどして、ワラント取引の性質、内容について正確な理解を得るよう努力したうえで投資判断すべきであったのに、これを怠った一面があったことは否定できず、原告X2にも、損害の発生や増大を防止できなかった落ち度があったというべきであるから、右落ち度のほか、勧誘行為の違法性の程度その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、過失相殺として原告X2の損害額の三割を減ずるのが相当であり、原告X2の損害額は一三四万四〇四三円となる。

そして、右損害額に、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として一割を加算するのが相当である。

そうすると、原告X2が被告会社に損害賠償を求めうる額は一四七万八四四七円となる。

五  以上の次第で、原告X2の請求は、一四七万八四四七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告X2のその余の請求及び原告X1の請求は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大西忠重)

〈以下省略〉

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